「灘五郷」と言えば日本を代表する酒造りの本場です。名だたる酒造メーカーが蔵を連ねていますが、そのうち西から数えて2つ目の御影郷にあるのが、「福寿」の蔵元である「神戸酒心館」です。
「福寿」は兵庫県産の酒米である「山田錦」と、名水百選の「宮水」にこだわった銘酒として多くのファンを魅了。全国新酒鑑評会では金賞を通算19回受賞、2008年からは日本人が受賞するノーベル賞の公式行事で提供される日本酒にもなり、日本のみならず海外でも高く評価されています。
最近では世界初となるカーボンゼロの日本酒の発売や、異業種との連携で持続可能な酒造りにも挑戦。また、お米や水の生産地である地元を大切にする姿勢を、ブランドメッセージ「六甲テロワール」として提唱しています。
「神戸酒心館」の前身は「福寿酒造株式会社」ですが、この地で酒造りを始めたのは1751年。和暦にすると宝暦元年で八代将軍吉宗の時代を少し過ぎたところ。
現在の社長で十三代目となる安福武之助さんは「長く続いているが、戦争や震災で残っているものはなにもない」と言います。
なにもないからこそできる「神戸酒心館」の酒造りについてうかがいました。
第十三代・安福武之助(やすふくたけのすけ)
1973年生まれ 甲南大学卒業、在学中にアメリカ留学し見聞を広める。卒業後アサヒビールを経て、2003年に神戸酒心館に入社。2011年、代表取締役社長に就任。第十三代蔵元として「安福武之助」を襲名。
何も残っていないから自分たちができることをやる
「神戸酒心館」は「福寿」を造る「福寿蔵」の他に、蔵の料亭「さかばやし」がある「水明蔵(すいめいぐら)」、蔵元ショップの「東明蔵(とうみょうぐら)」、そして多目的ホールの「豊明蔵(ほうめいぐら・酒心館ホール)」から構成されています。
阪神・淡路大震災の後に建てられたこれらの施設。なぜこれだけのものが必要だったのか。その答えは270年を超える歴史とその歴史を途絶しかねない苦難にありました。
安福さん「創業が1751年、初代から受け継いできて、今、私が十三代目です。
私たちは太平洋戦争のとき、ちょうど近くにあった軍需工場が爆撃機の標的となったこともあり、壊滅的な被害を受けてしまったんです。
その後、再建してお酒造りをしていたのですが、1995年の阪神・淡路大震災でも木造蔵が全壊。幸い人的な被害はなかったものの、造っているお酒、貯蔵しているお酒は全部ダメになりました。
『270年を超える歴史があるから、いろんなものが残ってるでしょ?』と言われるんですけど、私たちはそういう意味では本当になにも残っていなくて、ほかの酒蔵さんのように『資料館』というものがつくれない。
だから、もっと体験ができるスペースをお客様に提供して、ほかの酒蔵と差別化をするという戦略をとってきた経緯があります。
また、父の時代からずっとそうですが、大手の酒造会社とはお酒を造っている量がそもそも違うので、同じ土俵で戦っても絶対勝てない。
『自分たちが勝てる土俵をいかにつくるか』というところで、お酒造りだけでなく観光事業や飲食事業をやっていくということは昔から父や叔父が考えていたんですが、震災を機に『神戸酒心館』としてグッとその方向にシフトしたというのが私たちの特徴だと思っています。」
歴史あるものを前にすると、えてして我々は古い道具や資料などの残された「モノ」に目を奪われがちです。
それがない安福さんが先代から受け継がれているのは、こういった苦難を乗り越える強い気持ち、つまり「心」なのでしょう。まさに「酒心館」という名前が「モノ」ではなく「心」だということを表しています。
ワインの輸入に携わり培われたグローバルな視点
安福さんは甲南大学在学中にMBA取得を目指してアメリカに留学するも、阪神・淡路大震災の災禍のためやむなく帰国。卒業後はビール会社に入社し、長年ワインの輸入に携わっていたとのこと。そこで、ワインと日本酒との歴然とした差を目の当たりにしたそうです。
安福さん「ビール会社では長い期間ワインの輸入を担当して、ワインのマーケティングやブランディングというものを直接学ぶことができました。
日本酒の市場規模は生産量・消費量ともにピークだったのが1973(昭和48)年。現在はそのピーク時の3分の1の市場規模しかないんです。
ではV字回復できるかというと、酒蔵が減ったという現状もあり、現実的に難しい。
かたやワインの市場規模は、その1%が日本酒に変わったら日本で造られるお酒がすべてなくなってしまうくらいのとてつもない差がある。
そう考えると、やはりグローバルな視点でマーケットを大きくしていくことを考えないといけないと思いました。
私が家業を継いだのは2003年なんですが、ちょうどその頃、当時の小泉首相の主導で『ビジット・ジャパン・キャンペーン(Yokoso!
JAPAN)』という来日促進キャンペーンが盛んに行われていた時期で、空港や航空会社、旅行会社の方々と一緒にアメリカやフランスなどの海外に行き、関西の魅力を紹介する中で日本酒をお客様に飲んでいただくということをずっとやっていたんです。
そこでの経験があったので、これから日本酒の消費も期待できるだろうし、また、日本に来てもらうという可能性もあるだろうと思ったので、私たちはパンフレットとホームページの多言語化(16言語対応)やドライマテリアル(パンフレットやPOPなど)の充実に力を入れました。
またうちにはイタリア人スタッフ、中国人スタッフ、スペイン人スタッフが在籍していて、さまざまな意見を出してくれます。そういう多様性を受け入れていきながら、お客様は日本人だけじゃないという姿勢でずっとやってきています。」
そういえば、取材時も訪日中国人客がツアーバスでいらっしゃって館内を見学されていました。ただ、安福さんによると団体客よりもホテルのコンシェルジュに紹介された個人客が多いのだそう。
そうした、いわばその道のプロフェッショナルにもつながっているところは、早くから海外に着目していたことに加えて、さすが勘所をしっかり抑えていると言えそうです。
六甲山のめぐみをブランドに「六甲テロワール」
安福さんは日本酒造組合中央会という業界団体の海外戦略委員として、コロナ前までフランスやドイツで行われるワインの展示会で日本酒のブランド認知を高める活動を行っていました。そこでも新たな気づきがあったと言います。
安福さん「フランスのボルドーやドイツのデュッセルドルフで行われる大きなワインの展示会には、世界中のワイナリーが集まり、それこそ『ドン・ペリニヨン』みたいな派手な世界があるんですね。
でも、その商品のクオリティと同じくらい、環境やサステナビリティへの取り組みというのをPRして、自分たちのブランド価値につなげるということをものすごくお金を使ってやっていました。
それを見ていて、ゆくゆくは海外のマーケットで彼らと戦っていくことを考えると、私たちもサステナビリティへの取り組みをブランドにつなげていかないと戦えないと思っていました。」
安藤編集長「それが「六甲テロワール」という言葉につながっていくんですね。あれすごくいい言葉ですね。
やはり、この土地の風土を活かしたお酒を造るというのは意識されているんですか?」
安福さん「そうですね。お米と水、そして気候風土ですね。
「六甲おろし」という言葉がありますけど、神戸は1月、2月寒いじゃないですか。その寒い時期に造るお酒を「寒造り(かんづくり)」と言うんですが、いまでも私たちは、大吟醸のような高級なお酒をその時期に集中して造っています。
蒸したお米を冷やしたり、温度管理をするのに「六甲おろし」の冷たい風がいいんです。いまの現場でもダクトを通して六甲おろしを引き込んで利用しています。
また瀬戸内の温暖な気候はお米の生育にすごく影響を与えます。
私たちが使っている「山田錦」は六甲山の向こう側の神戸市北区大沢(おおぞう)地区の農家さんに村米制度(=契約栽培)でお米をつくっていただいているんですけれど、そこの土壌は六甲山を形成する花崗岩からできた粘土質の土壌で、お米の生育に非常にいい成分が含まれているんです。
そして、六甲山の花崗岩を通ってきた伏流水が酒造りに欠かせない「宮水」です。以前は井戸水で汲み上げていましたが、いまは西宮から購入して使っています。
このお米、水、気候というのが永続的に作用しあって、灘のお酒ができてきた。すべて六甲山のめぐみで、私たちはそのめぐみに感謝してお酒を造る。
「六甲テロワール」という言葉はそういう感謝の気持ちも含めた言葉だと思っています。」
安藤編集長「「テロワール」はいま、世界的な潮流の印象があるので、時代の流れに即した社長の先見の明を感じます。
それと、確かに冬に天気予報を見ていて大阪と神戸が同じ10℃でも、神戸のほうが風があるぶんちょっと寒い感じがしますもんね。そういうことも酒造りに影響しているというのはとても勉強になりました。」
持続可能とはなにかを考えるきっかけになったコロナ禍
度重なる苦難を乗り越え、「自分たちにできることを」と海外をも視野に入れ、お酒造りだけでなく、観光・飲食事業にも取り組んできた「神戸酒心館」ですが、コロナ禍においても苦境に立たされます。
安福さん「私たちは清酒製造業、観光事業、飲食事業の3本柱でやってきて、これまではなにかひとつの事業がダメでも、ほかの事業でカバーできてたんですが、それが全部ダメになりました。
本当に必死でしたし、でもやろうとしても何もできなかったので、いま思えば私はアフターコロナを見据えて何をするかということをやっていましたね。」
コロナ禍で種を撒いて、花開いたものは何かありますか?
安福さん「このコロナで『こんなにも世の中が変わってしまうんだ』という危機感を感じました。
気候変動によって異常な高温や豪雨などが顕著になっていますし、農業人口の高齢化も進んでいます。この3年間は我々がいま原材料としているお米と水がとれなくなってしまったらどうしたらいいのかというのを考える時間でもありました。
ワイナリーのようにすぐ横にぶどう畑があるわけではなく、私たちの場合は六甲山を越えた向こう側にお米をつくるところがあり、そこでつくってもらったものを買うというかたちになっています。
限りなく生産地・生産者に依存した状況の中で自分たちの事業を継承する、また発展させていくためには、間違いなく原材料となる良質なお米「山田錦」が大量に、安定的に、そして永続的に調達できないといけないわけで、それを考えるといま置かれている環境は気候や高齢化もそうですが、燃料価格の高騰などとてもリスクが多い。私たちなりにできるアクションを起こしていかなければならなかったんです。
コロナのあいだはなかなか表立って動けなかったんですが、幸い地元のいろいろな方々と会うことができまして、JA兵庫六甲さん、コニカミノルタさん、神戸市さんと官民連携のプラットフォームをつくることができて、そういった社会課題を解決していきましょうという流れをつくることができたのは大きかったです。」
「神戸酒心館」はJA兵庫六甲と神戸北山田錦部会、神戸市、コニカミノルタとともに2020年7月に「神戸山田錦推進研究会」を発足。
神戸市の下水から再生したリンを使用して製造された循環型肥料「こうべハーベスト」をJA兵庫六甲が農家に販売し、神戸北山田錦部会ではコニカミノルタのドローンを使って撮影した画像の解析技術を使ったスマート農業を取り入れ、その循環型農業でできた山田錦を100%使った純米吟醸酒「福寿
純米吟醸 山田錦 環和-KANNA-」を2021年に限定数量で発売し、完売しました。
2022年以降はこの商品に関わる山田錦の取組面積も拡大し、毎年、期間数量限定で販売されています。
第十三代安福社長が考える今後の酒造り
2022年10月には世界初のカーボンゼロの日本酒「福寿 純米酒 エコゼロ」を発売するなど、常に新たな取り組みにチャレンジしている「神戸酒心館」。
安福社長が考える酒造りの今後についてお聞きしました。
安福さん「「酒造りは米作りから」と言われているので、地方の蔵元さんでも米作りから携わっているところがあるんですけど、私たちも米作りから携わっていき、そのお米を知った自分たちがお酒を造るようになってくると思います。
あとは今後、原料調達はますます厳しくなっていくと思うので、お米の生産者だけでなく、飲食店や販売者の方々など関係する人すべてが手をつなぎながらやっていくフードサプライチェーンが重要になってくると思います。
食って本当に大事じゃないですか。食に携わっている者としてそこはしっかりつなげていかないといけないし、これをどう発展させていけばいいのかということを常に考えていきたいと思っています。」
ところで、日本酒の市場規模はピーク時の3分の1以下にまでなっていますが、実は2022年度の日本酒の輸出実績は475億円と13年連続で前年を上回っています。
中でも山口県岩国市にある旭酒造の『獺祭』は、売上の4割が海外。日本酒全体の輸出に占める割合は約15%でその額は71億円にも上ります。
安藤編集長「売上の4割が海外で、日本酒全体の輸出の15%というのはすごいですよね。」
安福さん「日本酒の市場が最盛期の3分の1以下になっている状況下でそれだけの企業が現れたこと、そして売っている商品が純米大吟醸で、これまでにないマーケティングをされて成功したというのはすごいことだと思います。
マーケットの裾野を広げてくださっているのは間違いないですし、私はすごくいいことだと思っています。」
世界市場を切り拓いてきたライバルに敬意を払いつつも、その言葉にはまさに「自分たちができること」で今後のグローバル展開を展望している様子が伺えます。
「福寿」を造る「福寿蔵」では、前述「六甲おろし」を引き込む大きいダクトの他に、従来、杜氏が感覚で行っていた技術をデータ化し、温度管理や材料の運搬などもすべてオートメーション化されています。
機械にできるところは機械に任せ、味の決め手となる部分に集中できるとのことで、社員さんは少しの水の味の違いもわかるんだとか。最新のテクノロジーを取り入れながら、肝心なところでは270年以上続けてきた酒造りの極意が継承されています。
試飲もさせていただいたのですが、口に含むとやわらかい口当たりでふんわりと甘さが広がってきました。
美味しいお酒を造るために本当に様々な取り組みをされている安福さん。厳しくなっていく中でも自分たちにできることを新たに見つけ、この地で美味しいお酒を造り続ける限り、その伝統と「心」は脈々と受け継がれていくに違いありません。
三宮一貫樓 安藤からひとこと
今回のKOBEZINEいかがでしたか。
神戸が世界に誇る日本酒銘柄「福寿」。その名酒を製造販売を手掛ける神戸酒心館さんの
社長が同い年で出身大学も一緒。ファミリービジネスの後継者という点も含めてシンパシーを感じていました。
安福社長のルックスのようにスマートな経営をされて来たんだろうと会う前までは勝手に想像していましたが、お話を改めてうかがうと苦難を前にしても怯まない、思いこんだ道を愚直に歩み続ける骨太さを感じ、余計にファンになった次第です。
最盛期より国内市場が3分の1となっても、むしろその機会をチャンスと捉え、時代に即した「サステナブル」や「マーチャンダイジング」といったワードを標語に止まらず、現代進行形で行動に移している神戸酒心館さんの未来は明るい!
元気と刺激をいただいた取材になりました。
神戸の宴会での乾杯は灘五郷のお酒で!
まずはこれを定着させましょう!