神戸三宮駅の北、北野坂を登り、山手幹線を過ぎて東へ入った道沿いに「神戸・近藤亭 きっしゅや」があります。
「きっしゅや」の「キッシュ」とはフランス・アルザス地方の郷土料理のこと。昼間はテイクアウトのみですが、夜はバータイムとして、店内のカウンター席でビストロメニューと厳選されたワインのペアリングが楽しめる人気のお店です。
この「きっしゅや」を切り盛りするのが、オーナーシェフでソムリエの近藤弘康さんとマダムで同じくソムリエの近藤智恵さんご夫婦。
「きっしゅや」に先立つ「ビストロ近藤亭」を元町にオープンしたのが2001年。それ以来21年、現在は北野坂のこのお店をご夫婦お二人だけで切り盛りしています。
ご夫婦だけでお店をやっていくこと、お店に対する考え方やワインの選び方まで、ワイン好きでソムリエの資格を持つ安藤KOBEZINE編集長とワイン初心者の編集チームがお話を伺いました。
<プロフィール>
近藤弘康(こんどう・ひろやす)
1965年大阪生まれ。辻学園日本調理師専門学校を卒業後、数々のレストランやワインショップでの経験を生かし2001年元町に「ビストロ近藤亭」をオープン。店舗展開後、現在は「神戸・近藤亭 きっしゅや」だけに集約し、オーナーシェフ兼ソムリエとして腕を振るう。
2015年に兵庫県技能顕功賞を受賞。2016年、シャンパン伝導師の名誉職である「シュヴァリエ・ド・シャンパーニュ」を叙任。
一般社団法人日本ソムリエ協会常務理事。辻学園調理製菓専門学校の講師も務める。
<プロフィール>
近藤智恵(こんどう・ちえ)
1967年徳島生まれ。辻学園日本調理師専門学校を卒業後、数々のレストランやキッチンで勤務。「ビストロ近藤亭」のオープンからマダムとして主にキッシュの製造とサービスを担当。
一般社団法人日本ソムリエ協会認定ソムリエ。NPO法人チーズプロフェッショナル協会認定チーズプロフェッショナル。一般社団法人ドイツワイン協会連合会認定ドイツワインケナー。
神戸へは「導かれて」やって来た
オーナーシェフ兼ソムリエの弘康さんは、大阪の南部に位置する羽曳野市のご出身。なぜ神戸でお店を出されたのでしょう。
弘康さん「大阪の調理師学校で働いて、大阪のレストランでも少し働いたんですけど、ビゴの店(※フィリップ・ビゴ氏が創業したフランスパンを製造販売する老舗企業)の人から『うちのレストランで働かへんか?』と言われて、それで神戸に来たんですよね。だからもともと神戸に来る気なんてまったくなかったんです。たまたま神戸だったって話で。
最初会社の寮とレストランがポートアイランドにあったんで、そこに住んで働いて、その後芦屋の店に異動になって、そのままずっとやってたんですけど、大阪が本社のスーパーのレストラン部の立ち上げに携わることになって、『これで大阪に戻るんやな』と思ったんですよ。そしたら『西神中央(※神戸市西区)や』って言われて(笑)。」
弘康さん「その当時すでに芦屋に住んでいたんですが、芦屋から西神中央まで通うのは大変ということで妙法寺に引っ越しして、大阪に帰ることもなくそのまま妙法寺に住み着くことになりました。
お店をやると決めたとき、縁がある西神中央でやってみるのもいいなぁと思ったんですけど、たまたま元町で店をやっていた先輩が、ちょうど閉めるタイミングだったんですよ。『うちのあとやらへん?』という話になって『じゃあ』って感じで…。だから『元町がすごく良くって』というのではなかったんです。
北野のこのお店もたまたま北野坂で別の先輩が店をやっていて『店閉めるねんけど、誰か居てない?』って言われて、『探しときますわ』なんて言ってたら、ある時その先輩が『ええこと考えたわ。自分やり!』って言ってきて、それで北野の2号店をやることになったんですよ。
だから『考えて』というよりかは『導かれて』やってる感じでしたね。」
違う先輩から空いたお店の空間を2回引き継ぐというのは聞いたことがありません。弘康さんの誠実なお人柄や人望の厚さがうかがえるエピソードです。
大阪を21歳のときに出てきて35年、神戸歴の長さもご自身のアイデンティティも「圧倒的に神戸」とおっしゃる弘康さん。それでも生まれ育った大阪にも愛着はあると思うんですが、お店をやるときに「大阪で」という選択肢はなかったのでしょうか?
弘康さん「まったくなかったです。仲間もいるので『2号店は天王寺に出したいな』と思ったりした時期もありましたけど、仕事のキャリアが全部神戸なので、神戸以外は考えられなかったですね。
私の兄が大阪で店をやってますけど、そのお店を見ても『僕は大阪じゃないな』と思いますね。ガチャガチャしてないと言うんですかね。いまのお店の形態は、お店がいっぱい集まっている中でやる商売ではないと思っているので。
とくにこの北野という場所が気に入っています。住宅地でありながら観光地であるという環境がすごくいいんですよね。だから大阪はちょっと考えられないですね。
大阪はお店の数も多くて競争が激しい感じがしますけど、神戸は仲がいい感じがします。店どうしお互いのコミュニケーションがとれていて、そこがいいと思いますね。」
神戸は三宮や元町のメインの通りこそお店の入れ替わりが激しいところがありますが、ちょっと裏路地に入れば昔から長くやっているお店がたくさんあります。長年愛されるお店の多いことが、お店どうしのコミュニケーションの良さにつながり、それが神戸らしさを醸し出しているようです。
ところで、お話のとおり神戸へも「導かれて」いる弘康さんですが、実は神戸にルーツをお持ちで、曽祖父の片桐安吉さん(※初めてスペイン語を話した日本人だそうです)が神戸の方。ひょっとしたらひいお爺さまが、弘康さんを神戸にお導きになられたのかもしれません。
独立の転機になった弘康さんの入院と異動の辞令
自分のお店を持ちたいと調理師学校に入学し、その後お店で経験積んでいる中で弘康さんと出会い、結婚された奥様の智恵さんに、2001年の独立の転機についてお訊きしました。
智恵さん「私も『店をしたい』『飲食をずっとやっていきたい』という想いがそもそもあって、だからこそ調理師学校に行って、勉強して、近藤と出会って結婚して、このまんま『できたら2人で店を持てたらいいな』という夢をずっと持っていたんです。
でも前職で近藤はコックとは言えサラリーマンだったので、どうなるんだろうという思いを持ってました。
ところが近藤が会社の帰りにバイクで転んで鎖骨を折って入院した時があって。それまでは出勤して帰って午前様のバタバタの日々だったんですけど、ちょっとゆっくりほかのことを考える時間ができたんですよね。」
弘康さん「そのあとに人事異動があって、『スーパーの店長をやってくれ』と。でもそれは僕の本業じゃない。それでも社長は『旗艦店の店長でこれは抜擢や』って言うんですけど、『いや社長、それは違うんです。じゃあもう自分でやります。』というような感じだったんですよね。それも独立の引き金にはなりましたね。」
智恵さん「もう『働きたい』っていうのはずっとあって、子供が小さいときから『出たい出たい』というのはすごくあったんですね。
でも自分一人で、子供もいて、店を構えるというのは難しかったと思うんですね。でも、2人ならなんとかできるかなって。
まだ子供も小さかったけど、『エイヤー!』と気合で乗り切っていく感じで。子供のことばっかり考えてたらきっとそれもできなかったと思うんですけど、もう半分はやっぱり夢を実現したいということと、もう半分は『家庭のことも絶対両立してやる!』ぐらいの意気込みで。いやもう、めっちゃ大変でした(笑)。」
2001年に独立されて「ビストロ近藤亭」ができるわけですが、その時はすでに智恵さんは働いておられたんですか?
智恵さん「はい。最初は店にべったりのときもあったんですけど、そうなると家の中がぐっちゃぐちゃになってしまって、子供の学校から呼び出しがあったりしたので、『これではちょっとまずいな』と。主人も調整してくれて、スタッフもいたので、夜は上がらせてもらったり、子供のイベントがあったらそれに出たりしてました。
でも全然店にいないってことはなかったです。昼だけ出たり、早く上がらせてもらったりしつつ、2号店ができてからは近藤は元町のほうに行って、私は北野坂の2号店のほうに行ってというかたちでやってました。」
安藤「うち(三宮一貫樓)もまさに両親が飲食の商売してるから、ほとんどいないし、運動会、授業参観、全然来ない。卒業式でやっと。運動会で1等とろうが全然でしたね…(苦笑)。」
夫婦でけんかがない理由はキッチンとサービスの線引きをしないこと
ご夫婦でお店をやっていると、意見が対立することもあったりなかったりするはず。そのへんのエピソードをお聞きしようとしたのですが…。
智恵さん「けんかはないですね。いつも手をつないで仲良くしているわけではないですけど。それなりに役割分担がありますから。」
弘康さん「いや僕のことを立ててくれていますからね。それがわかってるから、むちゃは言わないようにしてます。」
現場で一度もけんかはないんですか?
弘康さん「ないよなぁ?」(と智恵さんのほうを見る)
智恵さん「多分それはスタッフがかすがいになってくれてたと思いますね。
私の理想では、本当に主人と2人だけでお店をしたかったんですけど、先輩に『どうや?』って言ってもらった店がとても2人で回せる広さじゃなく、社員やバイトの人にも入ってもらってたんで、みんなの手前も多少あってけんかはなかったんだと思います。」
「夫婦で飲食店をやっているとけんかはあるだろう」と安藤は想定していたようですが、まったくの拍子抜けでした。
安藤編集長によると「役割分担がある」と言う智恵さんの実際のお店での動きは、サービスメインではなく、どちらかというと弘康さんと同じキッチン寄り。
かたや一般的な飲食店の場合はキッチンとサービスは完全に分かれている場合がほとんどで、キッチンとサービスの意向が合わないことも多々あり、いわば「水と油」。
夫婦だけで切り盛りしていたらなおさら…。そこでけんかの質問が出たようですが、けんかのない理由はむしろそこにあったようです。
弘康さん「サービスとキッチンはどうしても分かれちゃうものなので、夫婦や2人でやるならどっちもが同じことができるのが一番いいですよね。
だからうちはどっちも料理するし、どっちもソムリエだし、どっちも接客するし。同じポジションでどちらもできるということは大きいと思います。
もちろんどっちが大事ってことではないです。サービスだって大事ですし、料理もめっちゃ大事ですし。だからその両方がうまく噛み合わないまま、『俺が』『私が』とやってると正直ちょっと厳しいですよね。」
これはお店の経営にとどまらず、夫婦関係や家族関係においても、とても大切な感覚なのではないでしょうか。
そして「役割分担がある」とわきまえて「むちゃは言わない」ということ。それはお互いプロフェッショナルとして尊敬している、だからけんかなどないということのようです。
試行錯誤でたどり着いた2人だけで回せるお店
智恵さんが思い描いていた「2人でお店をやる」が実現していますよね。
智恵さん「コロナで結果的にこういうこと(2人になった)にもなりましたね。」
弘康さん「今も製造担当のアルバイトさんはいるんですけど、夜は2人だけです。コロナになってアルバイトさんいなくても、実際にお客さんを待たせることもないし。いけるなって感じです。カウンターが満席になって、店舗の入口にある樽席のところまで人が入っても2人。」
智恵さん「お客様からは『よくやってるね。』と言われます。
これまでもスタッフのおかげで助かったことも本当に多いんですよ。ただ、お客様が少なくてスタッフさんの手が空いてしまったときに何をしといてもらおうかとかを考える必要があったんですけど、2人だけでやるようになってそれがなくなって、目の前のことに集中できるようになりました。
スタッフがいない分、やらないといけないことは増えてるんですけど、忙しくなったら『よっしゃー!』ってスイッチ入れて、わーっとやれるんでめちゃくちゃ楽しいです。」
弘康さん「お客様はそれが面白いみたいですよ。半分笑いながら見てますね。お客様に恵まれてますよね。変なお客様は絶対来ない。来てるのかもしれないですけど、来たとしても2回目は来ないですね。」
夫婦は「両輪」と言われることもありますが、お話をうかがっていると近藤さんご夫婦は「両輪」ではなく、さながら「ツインカムのエンジン」。お2人だけでお店をまさに回している感じです。
智恵さん「まぁカウンターだけなんでね。」
弘康さん「とにかく手が空いたらなんかやるってのはありますよね。片付けていかないと帰れないですし。だからチャッチャカ、チャッチャカ、手が空いたらなんでもやる。」
その呼吸はわかるものですか?
弘康さん「わかりますね。当然ここでお客様と話してたら、洗い物は溜まっていくわけで、料理ができたら今度こっちで、洗い物しながらお客様。ここのお店ってそういう構造になってるんですよ。もともとそれを考えてつくってるので。」
2人だけでお店を回せるようになったのは、お二人が持っている能力を余すことなく活かすことができるようこだわり抜いたお店作りでした。
弘康さん「火口だけは危ないのでお客様の反対側にありますけど、それ以外は洗い場含めてすべてお客様のほうを向くんですよ。基本的にお客様にはおしりを向けない。常にお客様のほうを向く店作りをしてます。
キッチン内もスムーズに動けるように通常の倍近く広くしていて、すれ違うときにいちいち声掛けぜずに端から端まで行き来できる。だからストレスレスなんです。そういうのも大事ですね。」
弘康さん「お店を作るとき、普通は『お客さんが何人入って、客席回転数どうこうで…店の雰囲気こういうふうにして…』と考えると思うんですけど、そうすると、どんどんどんどんキッチンが狭くなっていくんですよ。
でも実はこれ逆なんですね。だって僕ら基本的にはほぼ15〜6時間キッチンにいるわけじゃないですか。1日のほとんどの時間いるスペースが狭いとかあり得ないです。
一方で、お客様が通路を通るのってお店の出入りの時とトイレの時の2回だけなんですよ。客席の後のスペースが広すぎるとそれはそれでお客様が落ち着かない。その分キッチンのスペースをとったほうが絶対有利なんです。
このお店は好き放題に言って作ったので、理想に近いですね。設計の人も普通と全然違うので『意味がわからん』と(笑)。」
弘康さん「実は、このカウンターテーブルの奥行きも通常より広いんです。うちには料理があって、ワインがあるので、狭いところで食べたくないじゃないですか。
それには普通のテーブルと同じイメージのカウンターを作らないといけない。だから奥行きが広いんです。そういうこともすべて考えたので、ここは形としては理想的ですね。」
智恵さん「カウンターだけなのもあって、私達は何も言いませんけど、ほとんどのお客様がお皿が空いたらカウンターとキッチンの境目のところに上げてくださるんですよ。それをしていただくとお客様側に回らず、キッチン側から下げればいいだけなので、それだけでも全然違いますし助かりますね。」
弘康さん「キッチンの外へ回るストレスは、うちの場合樽席1つだけでも大変ですからね。だからボックス席やテーブル席のあるなしで全然違いますよ。もうこのカウンターだけでやったら本当に楽です。」
智恵さん「なにかあったらお互いがカウンターの端から端まで走ればなんとかなることなので。」
どうしてもテーブル席1席設けたら、そこがいくら売ってくれるかを考えがちですけどね。
弘康さん「それをやると結局膝をいわしたり(痛めたり)、腰をいわしたり、かがんでこうして回らないとかってなるじゃないですか。もう絶対ダメです。絶対身体悪くします。
最高のパフォーマンスを出すために自身を犠牲にしない。それがお客様のためにもなるというのはよくよく考えれば至極真っ当なことですが、なかなか気づかないことでもあり目からウロコでした。
さまざまな現場で体験してきたことが、お店作りにも活かされていることは明らか。「お客様に恵まれている」と言うお二人ですが、お店作りへのこだわりと弛みない努力が、良いお客様を呼ぶ理由であることは間違いありません。
どうすればソムリエになれるのか?
前述の通り、お二人ともソムリエですが、弘康さんは日本ソムリエ協会の常務理事でもあり、2019年の大阪G20サミットでサーブされたワインも弘康さんのチョイスによります。
ところで、「ソムリエ」という言葉はよく聞きますが、その資格を得るためにはどんな試験にパスしなければならないのでしょうか?
弘康さん「ソムリエの試験は年に1回あって、ちょうど今やっているところです(※2022年の一次試験は7月20日から8月31日まで)。ちょこちょこ結果の報告が届いています。
勉強の仕方は、毎年改定されるソムリエ試験のテキスト(2021年版は831ページ!)があるので、それで主となるポイント部分をおさえていく感じですね。
試験問題はテキストから均等に100問くらい出ます。最近の試験はパソコンで4択から選ぶCBT方式で、終了ボタンを押すとすぐ合格不合格の判定が出ます。
何点以上という基準はないんですが、だいたい正答率7割くらいが合格ラインになります。」
ソムリエ試験を受けたことがある安藤編集長によれば、開始時刻と終了時刻は決まっているものの、準備ができた人からスタートしていいそうで、すべて解き終わったら終了時刻に達していなくても退出していいとのこと。カンニングができないように、隣の席の人とは違う設問が出るようになっているそうです。
弘康さん「1次試験に通ったら、次は2次試験のテイスティングです。ワインが入ったグラスが5〜6個並べられて、色、香り、味わい、何年、何度、産地、ぶどう品種などを選んでいきます。」
2次試験のテイスティングは正解を導き出すのではなく、なぜその答えを導き出すに至ったのかが重視されるとのこと。
ソムリエ試験に合格した安藤は、事前にさまざまな場所でテイスティングの練習を行ったそうで、師事する人によって全然スタイルが違うことも発見だったようです。
そしてソムリエの勉強をしたことによってワインの味わいが変わったとのこと。そのワインにはどのような背景があって、どういう特徴があって…と思いを巡らせながら味わうようになり、「それまでノリで飲んでいたのがもったいないと感じた」と言います。
飲めない人にも飲まない人にも楽しんでほしい
ソムリエがいるお店となると、どうしてもワインが飲める人じゃないと行けないイメージがあります。また最近ではお酒を飲まないという人も増えてきており、市販のものでもノンアルコールのビールやワインが増えてきています。
実は筆者もお酒が飲めず、今回の取材も「飲めないのに行っていいのかな」と思いながら足を運びました。
しかし、弘康さんはそういう人にも楽しんでもらいたいと言います。
弘康さん「ワインだけじゃなく、すべてのビバレッジを担当するのがソムリエの仕事なので、日本酒もそうだし、ビールもそうだし、ウイスキーもそうだし、全部勉強しないといけない。その中でこれから注目されてくるのが、ノンアルコールカクテルです。
アルコールを飲んでる感覚がありつつノンアルコールだというものは、これから絶対求められるようになります。実際そういう勉強をしよう、情報交換をしようという会もすでにあります。
飲めない方が『飲めないからそこには行かない』じゃなくて、『飲めない方も全然行けますよ』というスタイルにしていかないと、多分これから若い人は誰も来なくなっちゃうと思います。若い人のアルコール離れはすごいですから。
だから『飲めなくても楽しめる』という提案が必要で、『飲めないから来られない』というパターンは回避していかないといけない。
でも『飲めないんだったら、烏龍茶かコーラかジュース』となるとやっぱり寂しいじゃないですか。だからうちはワイン用のぶどうジュースを置いていたりとか、脱アルコールのスパーリングワインなんかも置いています。」
ここで智恵さんから脱アルコールのワインを出していただきました。弘康さんによると一回ワインにしてから脱アルコールにして甘味を添加しているとのこと。すっきりとした味わいで美味しくいただきました。
安藤ソムリエいわく「これはちゃんとリースリング(白ぶどうの品種)や!」とのことで、ワイン上級者でも納得の味のようです。
私自身「お酒が飲めないのにソムリエさんがいらっしゃるお店は行きにくいな…」と思っていたのですが、弘康さんのお話をうかがって認識を新たにしました。お酒を飲める人もそうでない人も同じように楽しめる空間は、もっと増えてほしいですね。
何を基準にワインを選べばいいのか
ビールならホップや醸造方法、日本酒は米や磨き、あるいは産地や蔵である程度味の判断ができ、お店とかでも見慣れた銘柄でおおよその判断が付きますが、ワインは同じ産地や銘柄でも造られた年によって味も違うので、本当に一期一会。
そんなワインを選ぶ時、何を基準にしたらいいのでしょうか
弘康さん「産地が変わってもぶどうの個性って大きく変わらないので、僕はお客様によく『まず自分の好きなぶどうを見つけてください』という話をします。
たとえば、ずっと『ソーヴィニヨンブラン』(※白ぶどうの品種)を飲んでいると、あるとき『ソーヴィニヨンブラン』だと思って『リースリング』を飲んだ時に『あれ?これ違うぶどうだ』って気づくんですよ。味の違いに。
『あ、リースリングってこういう特徴があるんや』ってこともわかるし、ひとつ自分の基準になるワインができるとすごく楽なんですね。
ガバっと全部を見てしまったらわからないんで、とにかくひとつ自分の好みのものを見つけるというのが一番の近道ですね。
飲み方はなんでもいいんです。氷を入れて飲んでもいいし、ソーダで割ってもいい。ドイツの甘みのある『リースリング』はソーダで割って、スプリッツァーにしたらめっちゃおいしいです。」
難しく考えるより、まず好きなぶどうを見つけるのなら比較的かんたんにできそうです。
ちなみに神戸では手軽にワインを楽しむ「バイ・ザ・グラス神戸」というイベントが年1回開催されており、近藤さんご夫婦も関わっています。今年は5月に開催され約400名が参加しました。
「バイ・ザ・グラス」では、まず参加費としてグラス代を支払い、あとは1杯100円から3,000円で世界各国100種類ほどのワインを楽しむことができます。「バイ・ザ・グラス神戸2022」の場合、グラス代は2,000円で1,000円分の金券付き。普段は飲めない貴重なワインを、ソムリエのアテンドでリーズナブルにサーブされました。
食材とのワインの合わせ方
さて、ワイン単体で楽しめるようになってきたら、次に楽しみたいのが食材とのペアリングです。弘康さんと智恵さんは、フードペアリングを主とした「ワイン会」を定期的に行っていて、その道のスペシャリストです。
ワイン初心者の筆者でも「肉には赤」みたいなことはわかるのですが、それ以外はまったくわからないので、教えていただきました。
弘康さん「基本的には食材の色に合わせます。食材に火が通ったときの色なので、焼き鳥は焼く前の鶏肉の赤ではなく、焼いた後の白です。それにたれをつけたら赤になります。」
ぎょうざはどうでしょう?
弘康さん「どっちで行くかなぁ…。酢醤油つけて食べるなら、白で合わせたいですかね。樽使った『シャルドネ』。味噌ダレは間違いなく、白です。」
なぜ味噌ダレは間違いなく白なんですか?
弘康さん「味噌はコクがあるので、コクの部分と合わせていかないといけないんです。味噌ダレに酸の強い赤ワインを合わせると酸っぱく感じてしまいます。コクにはコク、酸には酸という合わせ方があるんです。」
「コクにはコク」「酸には酸」。こうして、色だけではなく、具体的な食材で教えていただくとイメージが湧きやすいですね。
と、ここで「それこそ中華とワインは絶対面白いですし、絶対合うんですよ。」とおっしゃる弘康さんと智恵さん。
弘康さん「『酢豚』はちょっとしっかり系の『ピノ・ノワール』。カリフォルニアやオーストラリアで造られたジャミーな感じ(=ジャムのように凝縮された感じ)のものか、『シラー』のスパークリング。
『エビチリ』はロゼ。辛さのあるものはスパークリングがいいんです。
『青椒肉絲』は『ピーマン=メルロー』と言われているので『メルロー』ですね。でも樽を使っていない優しめの『メルロー』がいいです。
料理とワインを共鳴させるのか、同じ立場で合わせるのか、下から支えるのか、上からこう行くのか、合わせ方もいろいろあります。『青椒肉絲』は、優しいメルローじゃないとお料理が負けてしまいます。
中華のお店、もっとワイン置いたらいいのに。安藤さん全部わかってんねんから、やりはったらいいと思いますよ。」
三宮一貫樓でワインが取り揃えられ、自慢の中華料理と一緒に楽しめる日が楽しみです。
飲みたいと思うのが手に入らない日本のワイン
さて神戸には古くから北区の農業公園に神戸ワインのワイナリーがありますが、いまでは全国各地に個性的なワイナリーが増えてきました。
弘康さんいわく、「日本のワインの質が上がってきている」とのことで、いまの日本ワインについてもうかがいました。
弘康さん「すごく質があがっていて、飲んでみようかなと思うのは、愛飲家が先買いしていて手に入らないですね。投機ではなく、そもそもの生産量が少ないので、愛飲家の分でなくなってしまうんです。
羽曳野の『河内ワイン』と『仲村わいん工房』、北海道の『農楽蔵(のらくら)』なんかは全然買えないですね。長野の『小布施ワイナリー』のワインもおいしい。
『仲村わいん工房』は、1本1万円で『カベルネ』だけれど『ボルドー』やと思えるくらいめちゃくちゃおいしいです。」
数ある中でこの1本というものはありますか?
弘康さん「北海道の『クリサワブラン』ですね。白のケルナー。赤だと、長野の『椀子(まりこ)メルロー』。これめっちゃうまいです。
ピノ・ノワールでは『北海道中央葡萄酒』のピノ・ノワールがおいしかったですね。ラベルがね、ヨーロッパに出したいんかなと思うくらいかっこいいんです。」
弘康さん・智恵さんがおいしいと言う日本ワインは、いずれもぶどうを育てるところから醸造に至るまでこだわり抜いて造っている点で一致しています。
醸造家のワインに対する想い、そして弘康さん・智恵さんのお店に対する想い、どちらもすべて自分たちの責任でつくりあげるというところで、相通じるところがあるようです。
80歳まで続けたい
さて、今後はどのようにされていくのでしょうか。
弘康さん「僕ら定年がないんで、まずは80歳までやりたいなと。」
智恵さん「そうですね。最近すごく思うようになりました。」
このお店でですか?
弘康さん「そうですね。いまのところはここでと思ってますけどね。
僕らが21歳のときから行っている大先輩の串カツ屋さんがあるんですけど、そのお店は82歳のご夫婦がやられていて、最初に行ったときと全然変わらないんですよ。店もめっちゃきれいで、味も変わらないし。あれ見てたら『これはやらなあかんな』って。」
智恵さん「『やれるんじゃないかな』って思ってしまいますね。そういうお手本があるだけに。」
いまここで一緒に仕事していることが楽しいという想いが伝わるお話から、本当に80歳までお店を続けている姿が目に浮かびます。
お二人が「ビストロ近藤亭 きっしゅや」の「ツインカムのエンジン」である限り、今後もきっとたくさんの人を笑顔にしてくれることでしょう。
三宮一貫樓 安藤からひとこと
今回のKOBEZINEいかがでしたか?家庭円満の秘訣あり、店づくりの極意あり、ワインのペアリングの心得ありと、めちゃくちゃお得なKOBEZINEではなかったかと思います。
ご主人の弘康さんはとにかく何事にも一生懸命に取り組まれる方で、そのエネルギーはどこからやって来るのだろうと思っていた長年の疑問が今回の取材で解けました。
それは智恵さんというベストパートナーと共に守っているお店が弘康さんにとって癒しの場であり、職場で消耗するのではなく、むしろ充電されているんだと理解しました。
ぜひ近藤ご夫妻の朗らかなエネルギーを浴びにきっしゅやさんへお越しください。数年後には家庭円満のパワースポットになっているかも(笑)
■Information
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神戸・近藤亭 きっしゅや
住所:神戸市中央区山本通1丁目7−5 メゾンブランシュ地階
TEL:078-232-0620
テイクアウト:11時〜21時
バータイム:18時〜22時(L.O.21時)
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